THE SAIHOKUKAN HOTELロゴマークTHE SAIHOKUKAN HOTEL

HOTEL HISTORY

国内外から数多くの要人を迎えてきた「THE SAIHOKUKAN HOTEL」。
伝統と格式を重んじながらも、時代の変化に合わせて新風を取り入れ、進化し続けます。

ホテルヒストリーイメージ

ヒストリー

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沿革

1827(文政10)年信州中野で郷宿(ごうやど)「松田屋」の屋号が長野県史に所載
1870(明治03)年中野騒動にて「松田屋」焼失 この頃、善光寺町に移転し、松屋という旅館名で東横町、栄町など転々として仮営業
1877(明治10)年村瀬秀甫が滞留していたが本因坊との諍いがあり、越後路を放浪した後当館にて倒れ、付き添って3 ヶ月余介抱した女中おたきさんを連れて江戸に戻り内室した。松本の文人窪田畔夫がたびたび投宿されていた。
1887(明治20)年長野市県町に旅館の建設と庭園の造成に着手
1890(明治23)年 8 月28 日 犀北館(西洋風旅館業)を開業 書家巌谷一六が犀川(当時は長野駅の近くを流れていた)の北に所在するところから「犀北館」と命名 この頃、西川春洞、長三州、中村梧竹、日下部鳴鶴等の大書道家がしばしば逗留 また、佐久間象山遺品を子息恪二郎氏未亡人静枝様より譲り受け1965 年まで所蔵(生誕200 年象山余聞記載)
1905(明治38)年貴賓室「菊の間」を建設と同時に篆刻家初世中村蘭台による苦心の欄間額が完成これ以降、各宮家の御利用を数多く賜る
1906(明治39)年善光寺忠霊殿の落慶(法要)の為、数多くの賓客がご宿泊。その折、東郷平八郎による三字額を当館にて揮毫する
1911(明治44)年夏目漱石(金之助)議事院(現県会議事堂)で2 日間にわたる講演会の為、来長し御宿泊を受く
1915(大正05)年寺崎廣業画伯、当館「桐の間」の新築時に襖絵を制作。善光寺仁王門の制作のため、高村光雲、米原雲海など彫塑家が 数多くご宿泊。同道した吉田芳明が「帰雁来燕」の欄間額を制作
1918(大正07)年寺崎廣業画伯が来館「寒山拾得」など当館に日本画名品を残す
1924(大正13)年諸宮家の長期御滞留を賜る。この頃、様々な宮家の御下泊あり御愛顧を賜る
1929(昭和04)年洋画家中川紀元が同道した、東郷青児画伯によるステンドグラスが制作
1930(昭和05)年洋館3 階建(木造モルタル造り)が竣工、モダンな和洋室が造られ業界の注目を浴びることになる。 同時に組織を株式会社化。当時の犀北館の様子は田辺聖子さんのエッセイ「篭にりんごテーブルにお茶…(角川文庫)」 にも記載されている。また、中川紀元により信州の山並みをあしらった風景のステンドグラスを制作。
1932(昭和07)年河野通勢が来館 この時、「犀北館繁栄の図(ペン画)」「朝顔と美人図(金屏風)」を残す
1935(昭和10)年旅館森田館(現提携ホテル 庭のホテル東京)千代田区三崎町に開業
1938(昭和13)年旅館佐々喜(旧提携ホテル 東京グリーンホテルお茶の水)千代田区神田淡路町に開業(現在は閉館)
1946(昭和21)年川端康成(作家)が来館し御宿泊を受く
1953(昭和28)年東山魁夷(画家)が来館し、その後度々の御愛顧を受く
1958(昭和33)年第33 期王将戦7 番勝負第7 局 升田幸三名人・王将・九段(三冠王)と大山康晴(挑戦者)が対戦し大山の勝利となる
1961(昭和36)年皇太子殿下・同妃殿下(上皇上皇后両陛下)菊の間にて御下泊(2 泊)を賜る
1965(昭和40)年岡本太郎(画家)が来館し、以後25 年間の御愛顧を受く
1977(昭和52)年鉄骨鉄筋コンクリート7 階建の現在の南館が竣工
1978(昭和53)年やまびこ国体開催。昭和天皇陛下、皇太子殿下・同妃殿下(上皇上皇后両陛下)常陸宮殿下・同妃殿下 御下泊を賜る
1983(昭和58)年東京グリーンホテル後楽園(現提携ホテル)開業
1994(平成06)年長野ホテル犀北館へ商号変更
1995(平成07)年現在の本館がグランドオープン
1996(平成08)年第9 回長野市景観賞を受賞(本館建物)
1998(平成10)年長野冬季オリンピック・長野パラリンピック開催民間施設としては初めての天皇皇后両陛下主催のお茶会(宮中晩餐会)が 本館グランドボールルームにおいて開かれる。各国V.I.P. も御出席される。 長野冬季オリンピック開催期間中はもとより、それ以降も皇族・各宮家の御下泊、御休憩を賜る。
1999(平成11)年第54 回国民体育大会が長野にて開催され、秋篠宮殿下同妃殿下の御下泊を賜る。
2001(平成13)年「婚礼パンフレット」が第15 回全日本DM 大賞 第6 部門(サービス業部門)金賞を受賞
2002(平成14)年「長野ホテル犀北館」から「THE SAIHOKUKAN HOTEL」に名称変更
2004(平成16)年信州ブランド・デザイン賞2004 入賞
2009(平成21)年庭のホテル東京(現提携ホテル)開業
2010(平成22)年国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)に対し、各宮家・各政府要人用御献立など80 点余りを寄贈。 東日本大震災ならびに長野県北部地震による被災者への支援キャンペーンを実施。 長野県北部地震の被災者に対する義援金として栄村村長へ寄付。
2011(平成23)年県下初シャンパンバー漆舎オープン(開業時漆鮨)
2013(平成25)年天皇皇后両陛下(上皇上皇后両陛下)初めての私的御旅行、御下泊を賜る 
2015(平成27)年グループ会社「株式会社 鐵扇」が長野駅ビル「MIDORI 長野」に「Delica 鐵扇MIDORI 長野店」をオープン
THE SAIHOKUKAN HOTEL 内に、「Delica 鐵扇信州犀北館ホテル店」をオープン
2016(平成28)年第67 回全国植樹祭ながの2016 開催。天皇皇后両陛下(上皇上皇后両陛下)御下泊を賜る
御手蒔きのナナカマド、シラカバを賜る
2020(令和02)年 8 月28 日 開業( 犀北館命名と西洋化より)130 周年を迎え重森庭園竣工

囲碁

第12期 本因坊戦 第5局 (昭和33年8月15・16日)藤澤朋斎 九段(勝ち) 対 高川秀格 本因坊
第35期 本因坊戦 第3局 (昭和55年6月11・12日)加藤剱正 本因坊(勝ち) 対 武宮正樹 九段
第8期 碁聖戦 第1局 (昭和58年7月7・8日)大竹英雄 碁聖(勝ち) 対 淡路修三 八段
第11期 棋聖戦 第5局 (昭和62年2月25・26日)小林光一 棋聖(勝ち) 対 武宮正樹 本因坊
第45期 本因坊戦 第6局 (平成2年7月18・19日)趙 冶勲 本因坊(勝ち) 対 小林光一 棋聖・名人・碁聖
第23期 碁聖戦 第1局 (平成10年7月9日)依田紀基 棋聖(勝ち) 対 苑田勇一 九段
第25期 棋聖戦 第6局長野対局 (平成13年3月7・8日)王 立誠 棋聖(勝ち) 対 趙 善津 九段

将棋

第7期 王将戦 第7局(昭和33年3月28・29 日)大山康晴 八段(勝ち) 対 升田幸三 名人・王将・九段
第7期 王座戦 第1局(昭和34年8月27 日)大山康晴 名人(勝ち) 対 山田道美 七段
第11期 九段戦準決勝 第1局(昭和35年9月24 日)加藤博二 八段(勝ち) 対 大野源一 八段
第42期 名人戦 第5局(昭和59年6月5・6 日)谷川浩司 名人(勝ち) 対 森安秀光 八段
第3回 天皇戦決勝戦(昭和62年12月5 日)羽生善治 四段(勝ち) 対 森安秀光 八段
第39期 王将戦 第5局(平成2年3月12・13 日)米長邦雄 九段(勝ち) 対 南 芳一 王将
第3期 竜王戦 第4局(平成2年11月15・16 日)羽生善治 竜王(勝ち) 対 谷川浩司 王位・王座
第8期 竜王戦 第2局(平成7年10月31・11月1 日羽生善治 竜王(勝ち) 対 佐藤康光 前竜王
第48期 王将戦 第1局(平成11年1月11・12 日)森下 卓 八段(勝ち) 対 羽生善治 王将
第59期 名人戦 第6局(平成13年6月11・12 日)丸山忠久 名人(勝ち) 対 谷川浩司 九段
第38期 棋王戦 第1局(平成25年2月2 日)郷田真隆 棋王(勝ち) 対 渡辺 明 竜王
伝説の名勝負 第7期王将戦 第7局
伝説の名勝負 第7期王将戦 第7局
(昭和34年8月27日 提供 :毎日新聞社)